駅伝コラム vol.6

12年間の襷(たすき)が途切れたとき

このコラムを書き始めて、いろいろ資料を読み、お話を聞いていくうちにどうしても気になったのは、1976年のお正月の駅伝で、青学が途中棄権になっていることでした。「たすきの重み」などという言い方を聞くと、やはり棄権する選手というのは、その時の体調から来る苦しさに加えて、責任感に苛まれるという精神的痛みもあることは、想像に難くありません。

 

その時の様子が、校友会の資料の76年「陸上競技部」紹介記事にでていました。彼らは、まる1年を箱根駅伝出場のために費やしたと言っても過言でない程、練習を重ねたそうです。10回もの合宿を重ねた結果、予選会通過を果たしています。異常気象もあって、「主力選手がブレーキを起こし」て苦戦ではあったものの。ちなみに、『ブレーキを起こす』というのは、なかなか定義が見つからない言葉ですが、「評判通りの力を発揮して走れない」という意味(のよう)です。
そして、レースが開幕。往路12位と期待の持てる状況だった1月3日。最終の10区ランナーがスタートしたときに、気温が下がったのだそうです。ああ!。やはりランナーの努力だけではどうにもならない外的条件ってのがありますよね。最終ランナーは、何度も倒れ、全身痙攣を起こしながら、何度も立ち上がって走ろうとした。しかし、ついに力尽きてゴールまであと120mというところで、昏倒したことが記されています。

 

そうか、それでもデータ上は「棄権」と記録されるわけですね。部員ばみなランナーに駆け寄っている。何度も立ち上がろうとしたその選手の精神力を思うと、その内面はどんな葛藤だったのかを思わずにはいられません。さぞや無念だったことでしょう。翌年も青学が駅伝に出場していれば、杉崎さんも安心できと思うんですよね。それが、ずっとブランクで…。もう、そのことには触れられたくないのかも知れません。

 

でもやっぱり、伺ってみました。私は、そんな彼こそ、2009年の箱根出場をもっとも喜んだ一人だろうと思っていたからです。メールで伺ったのですが、やはり「『ヤッター!やっと箱根駅伝に出られる』と嬉しかったです。はしゃぎたい気分だった」そうです。当日の体調は、少し風邪気味で、走り始めて時点でいつもと体調が違う感じ。途中でストレッチしたり、走りを自重したそうです。気を失う瞬間は、「突然アスファルトが目の前に現れた」そうで、まさに昏倒。結果として青学が棄権となり、みんなに迷惑をかけて申し訳ないと思ったそうです。でも、ご自分にとっても大事な思い出だから、今も駅伝を観戦する時は、「みんな頑張って最後まで走って!」と応援なさっているそうです。75年のインカレでは800mで6位に入っていらしゃいます。卒業後も2年間、競技大会に出場なさり、「5年間掛けて徐々に走りを辞めました。現在健康のために走っています」とのこと。やっぱり走ることがお好きなんですね!電話ではとても素敵な声の男性でした。杉崎孝さん。今年も青学が予選会を通過するように、熱い声援を送っていらっしゃいます。

 

 

菊地 真美(本名 : 菊地 真美 LYON)=文

菊地真美LYONキャスター・ヴォーカリスト・エッセイスト。

中等部・高等部(21期)を経て、英米文学科1977年卒。中等部時代は卓球部、高等部では軽音楽部に在籍。大学ではロイヤルサウンズ・ジャズオーケストラ、AMSでヴォーカルを担当。在学中に歌手デビュー。ヴォーカリスト、作詞家、TV、FMなどで活動。‘83〜’85年アメリカ・ペンシルヴァニア大学でコミュニケーションを学ぶ。’91から、CNNニュース番組「DayWatch」、「CNN東京プライム」NHK国際放送「ウェークエンド・ジャパノロジー」などのキャスター、来日音楽家の通訳などを務める。「リゲイン」「たんすにゴン」「ミスター・ドーナッツ」などCMの歌唱も多数ある。音楽、オペラ、ミュージカル、旅行、読書、ワイン、伊仏家庭料理が好き。スポーツ音痴。

 

 

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