青山学院とハンドベル of AOYAMA GREEN FESTIVAL(青山学院大学同窓祭)公式サイト

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2011年9月23日(祝)開催の、AOYAMA GREEN FESTIVAL(青山学院大学同窓祭)公式サイトです。
たくさんのご来場ありがとうございました!また2012年9月23日にお会いしましょう!

青山学院とハンドベルとの出会い

伊藤 朗   元、青山学院初等部長・宗教主任
                         前、日本ハンドベル連盟理事長

初等部長就任(1970年・昭45年)早々、当時横浜クリスチャンクワイアで活躍していた上戸秀夫初等部教諭から、初等部にもハンドベルを購入して欲しいとの要望があった。
私はハンドベルの名称も、ベルの心打つ音色すら聞いたことがなかったので、早速横浜へそのコンサートを聞きに行った。
 その頃、公立小学校の保護者会出席者は圧倒的に母親だった。初等部でも同様であった。
児童の責任者はもちろんその両親である。私は父親にも学校の行事に参加してもらうためには、まず、部長である私が両親と面接し、初等部教育に何を期待しているかを知った上で、それに応える教育を行っていかねばと、6年かけて全児童のご両親に家族ごとの面接を行った。仕事の都合で夜しか時間が取れない方には、夜に来て頂き、ご両親と教師の教育に関する話し合いが続いた。この事は私の初等部長時代12年間の教育行政に功を奏したと思っている。その面接で、ある父親の企業の支店がニューヨークに在り、支店の近くにハンドベルを売っているとの情報を頂いたので、その方のお世話で初等部にハンドベルを購入する事ができ、上戸初等部教諭の指導のもと、ベルの音を初めて青山キャンパスに響かせる事ができた。1975年(昭50年)のことである。
しかも、翌年1976年には青山学院講堂で日本ハンドベル連盟の第一回全国ハンドベルフェスティバルが開催された。参加したのは青山学院初等部・セントメリーインターナショナル・清泉インターナショナル・東京女子大・金城学院中・高の5校と7チームだった。

「日本ハンドベル連盟20年の歩み」(1996年連盟編集)によれば「設立総会の会場に青山学院初等部会議室が提供され、その後の演奏会、フェスティバルには青山学院講堂の使用が許されてきた。更に、青山学院は中学、高校、短期大学、大学、宗教部と全学的にハンドベル・クワイアが生まれ、連盟活動の原動力となってきた。」とある。

最後に日本ハンドベル連盟の父・故M.Iケリー宣教師の語録を味わって下さい。
        歌は唄わなければ歌でない。
        ベルは鳴らさなければベルでない。
        そして愛は人に与えてはじめて愛となる。

                                       完

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